2020.10.26
ウィズコロナ時代のデータ利活用とプライバシー問題とは|グラフ代表 原田博植✖️弁護士 森亮二氏対談(前編)
今、新型コロナウイルスの影響で世の中にさまざまな変化が起きています。
データサイエンスやAIの領域でも、強制的な外因によって、オフィスのウェブ化・商流のネット化が加速し、幅広いジャンルでデジタル化が進む一方、避けて通ることのできないのが、「爆発的に仮想化された人々の行動データの利活用とプライバシー保護をどう両立するか」というテーマです。
データの利活用に付随する個人情報の取り扱いについては、2016年にEUで制定されたGDPRをはじめとして、近年議論が活性化しているテーマです。2020年ウィズコロナの時代を迎え、「データとどう付き合うか」は、私たちにとってより喫緊の課題となったといっても過言ではないでしょう。
そこで今回は、グラフ代表の原田と、同社社外取締役でもあり、長年にわたって個人情報保護問題に携わってきた弁護士の森亮二氏に、ウィズコロナ時代のデータ利活用とプライバシー問題について語ってもらいました。
PROFILE
株式会社グラフ 代表取締役社長 原田博植
- シンクタンク、外資ITベンチャー、リクルートにてデータベースの収益化を立案・実装し、2014年にリクルート初のチーフデータサイエンティストに就任。同年、データサイエンス業界団体である丸の内アナリティクスを
立ち上げ主宰する。
翌2015年に日経データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞。
早稲田大学 創造理工学部 招聘教授に就任の実績と、経済産業省のGAFA対策の戦略検討を目的とした研究会「第四次産業革命に向けた競争政策の在り方の研究会」の民間8名のみの委員の一人として貢献。
著作には「データサイエンティスト養成読本」 (2013年・技術評論社)がある。
2016年10月より株式会社グラフを組織化、現在に至る。
弁護士 森亮二
- 弁護士法人英知法律事務所 パートナー弁護士
東京大学法学部卒業、ペンシルベニア大学ロースクール卒業。専門は、インターネットに関する法律問題、個人情報、プライバシー。原田社長と共に、経済産業省「第四次産業革命に向けた競争政策の在り方の研究会」の委員を務める。現在は以下の検討会の委員。内閣官房「個人情報保護制度の見直しに関する検討会」、総務省「プラットフォームサービスに関する研究会」、内閣府「スーパーシティ/スマートシティにおけるデータ連携等に関する検討会」。2019年6月より株式会社グラフの社外取締役に就任。
■ 今後はデータの「庇護者」が求められる時代
──新型コロナウイルスの影響で、テレワークなど生活のあらゆるシーンでオンライン化が加速しました。今回はそれに関して、データサイエンス領域にはどのような影響があったかということを、広く伺っていきたいと思います。
原田:まず、コロナ環境下で以前と比較にならない程たくさんの行動、あらゆるトラフィックがオンラインを経由し始めたことにより、ネットワークとデータベースを行き交う生活者の行動データが激増しました。
企業の競争原理の観点では、その情報を使って自社サービスを利用する生活者の経済活動を増加させる、あるいはこの状況を見据えた新しい事業開発を推進する事が勝負の分かれ目になってきます。
一方、私たち生活者としての側面から考えると、今後ますます情報漏洩やネットを通じた犯罪が増え、現時点では想定できない個人情報にまつわる様々なリスクに晒されることになります。
原田:ここからは私の予想なのですが、これを機会に仮想空間についても現実世界と同じようにルールの強化を求める風潮が高まるのではないかと感じています。
私の実感や肌感を分かっていただくために、卑近な事象に置き換えます。例えば現実世界の生活において、自転車の二人乗りや、ほんの少しのスピード違反で警察に捕まったときに不満を覚える人は多いと思います。しかし善良な市民であれば、防犯や安全を目的とした取締りが無くなればいいと思う人はいません。私たちの日常生活は、ルール遵守のための機能が維持されることで成立している部分が多々あります。
今回のコロナによる生活主体のオンライン化、それに伴うインターネット犯罪や国家間競争の激化に伴い、私たちは「企業や個人の活動について、不正や犯罪を防止し取り締まる機関がきちんと存在・機能しているのか」という点について不安を感じるようになる──言い換えれば、国家からの自由、インターネットの自由を重視した社会風潮から逆側に変節して、これからは「インターネットもリアルもルールは守られるべき」という感覚が強くなるのではないかと、個人的には思っています。
森:確かにインターネットにおけるルールの遵守を求める声はありますね。誹謗中傷の問題はその典型です。他方で、ルール遵守の手段として政府や企業が「監視」を行うことについては、依然として否定的な意見が強いと思います。昨年リクナビによる内定辞退率予測問題が発覚しましたが、あの問題に対して世論は「NO」を突きつけましたよね。自らの預かり知らないところで個人のデータが使われ調べられることに、人々はやはり違和感を感じる。それは今後も変わらないと思います。
──コロナ禍においては個人間のインターネット上のトラブルも目立つようになりました。特に誹謗中傷は今年5月の事件をきっかけに、より多くの人が問題意識を持つようになったのではないかと思います。
森:そうですね。私は総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」に参画していますが、今年5月に起きたテラスハウス出演者の誹謗中傷問題を受け、こちらの研究会も再起動した状況です。先日もSNSや掲示板などのプラットフォーム事業者に、権利侵害情報の流通を防ぐための取り組みについてヒアリングを行いました。匿名表現の自由を守りつつ、どうサイトの健全化を図るかということを検討しています。
原田:今回の誹謗中傷問題のようなことが再び起こらないように、事業者側だけでなく国ですべきことを検討されているわけですね。森さんのような規制側に立つ人は「庇護者」としての役割もあると言えるかもしれません。
コロナによってデータの全体量が増えたことにより、その解像度は確実に上がっていますし、見られることも総じて増えていくと考えられます。テクノロジーの発展とともに生まれる新しい「庇護者」の存在に、ある種の安心感を求める人が増えていくのではないかと思いますが、プライバシーの問題も忘れてはいけませんね。
■ データの利活用はプライバシー保護とどうバランスすべきか
──中国が政府主導でコロナ対策にデータを活用したように、蓄積されたデータはサービスを運営する企業だけでなく、国までもが使用するようになっていくのでしょうか。
原田:各国のコロナ対策が様々なデータ活用のモデルを提示したことは確かです。個人のデータを政府が入手できる状態は怖いと思う反面、今回のような有事においては個人情報活用様式に意志がある国の状況対策が早く、自国においても何らかの調整が必要だと感じた人も多いのではないかと思います。森さんはどうお考えですか?
森:中国のモデルはデータを効率的に活用している事例ではありますが、法制度側から見ると日本は同じ路線には進まないと思います。中国は社会主義の国ですから、自由主義の法制度下では同じモデルはなりません。特に、日本のデータ活用は、諸外国のなかでもかなりプライバシーフレンドリーな設計になっているんです。
原田:なるほど。中国方式の利便性が認められはしても、日本はあくまでも自由主義の建て付けのなかでデータ活用が進められていくということですね。
──プライバシーフレンドリーについてもう少し詳しく伺いたいと思います。
日本がそのようにデータ活用を進めていくには、例えば今回のような未知の感染症に関してはどのようにバランスを考えればいいのでしょうか。
森:前提として、生命身体の安全保持とプライバシーの優先関係という問題があると思うのですが、これについては法制度の観点から言えばある程度答えは出ているんです。
生命身体の安全とプライバシーは両立できない、どちらか一方しか認められないということはありません。当然、前者が優先されるわけですが、有事においてもプライバシーの保護を完全に切り捨ててしまうのではなく、どの程度後退させるか、その方法を考えなければいけません。
森:例えば、政府が民間企業の提供データをもとにクラスター追跡を実行するのを考えてみましょう。現状、企業からは匿名化された情報が提供されるわけですが、政府から「ユーザーの位置情報も提供できないか」などの要請があったとして、企業側は是非もなく渡すべきでしょうか。提供する前に、その情報で果たしてクラスター追跡が本当にできるのかを考えなければいけません。そのうえで、有効性や必要性のない情報は国には出さないという判断も必要です。
厚生労働省が出した接触確認アプリの場合もそうです。当初利用者のGPS情報を取得するという話もありましたが、それを実装することでアプリを使ってくれる人が減ってしまっては、かえって効果がなくなりますよね。
両者が並び立たないとは考えず、生命身体が優先するということを前提にしたうえで、プライバシーがどのように劣後するのか、その条件をしっかり考えていくというのが法制度の考え方です。
■ データ獲得の背景には「心理的安全性」が不可欠
原田:繰り返しになりますが、コロナ対策ではデータの利活用における各国の特性が出て、非常に興味深い展開になったと感じています。特に台湾の施策に対しては各所から賞賛の声が上がっていますが、その成功の裏には国民の「心理的安全性」があると思うんです。
原田:「心理的安全性」とは「一人ひとりが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態」のことで、最近では組織運営で使われることも多い言葉です。ただ、この感覚は単に個人間や企業の組織内だけの話でなく、社会や人類全体にも連動していくものだと思っています。
台湾のコロナ対策の手法は画期的で、デジタル統括大臣のオードリー・タン氏は「Radical Transparency(徹底的な透明性)」を政治的信条の一つとして掲げています。今回の成功の裏には、間違いなく政府と国民の関係性──ひいては国民の「心理的安全性」の高さが下敷きになっていると思います。
森:データの活用には大前提として、国と国民、サービスとユーザーの間に合意形成がなされているか、その下敷きとなる「心理的安全性」を日頃から育めているかが重要ということですね。
原田:グラフでデータサイエンティストを育成するときに話すことでもあるのですが、「データ」と「アルゴリズム」を分けて考えたときに、相対的に重要なのは「データ」です。
例えば「データ」を魚、「アルゴリズム」を寿司職人として考えたとして、二流の職人が新鮮な魚を使って握った寿司と、一流の職人が鮮度の落ちた魚を使って握った寿司であれば、前者の方が平均的に質は高くなりますよね。AIや最新のライブラリでアルゴリズムを開発しようとも、そもそも使えるデータがなければできることは少ない。そういう意味で、現代の私たちが社会応用を目的にデータサイエンスする際には、相対的にデータのあり方、持ち方が重大かつ優先であると思っています。
それを踏まえるとなおさら政府や事業者の責任と影響範囲は大きいのですが、いざそのデータ資源を応用しようとしたときに、生活者が安心して任せられる信頼関係や合意形成が平時から醸成されているかどうか。ただテクノロジーがある、使えるというだけでは、実地的なデータの利活用は進まないと思います。
(後編に続きます)
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